暴力団関係者を想定して「入れ墨(タトゥー)はお断り」と掲げている入浴制限を緩和する温泉施設や浴場が出ている。民族の風習や宗教的な理由、またはファッションで入れ墨をした外国人旅行者が増えているからだ。2020年の東京五輪・パラリンピックに向けて、改めて注目されそうな日本の「おもてなし」。入浴事情は変わるのだろうか? 【庄司哲也】
高級リゾート施設を運営する星野リゾート(長野県軽井沢町)は今月から入れ墨の入浴制限を緩和した。入れ墨を全面解禁したわけではなく、1枚の専用シール(8センチ×10センチ)を貼って入れ墨を隠せれば入浴を認めている。同社の広報担当者は「入れ墨をした外国人は多いし、若い世代はタトゥーをファッションとして受け入れている。幅広い方々に温泉文化に親しんでもらえるルールを模索したい」と説明する。半年間試行し、成果や課題を検証した上で本格実施に踏み切るかどうかを判断する。
さいたま市北区の温浴施設「おふろcafe utatane」も11月末まで、1枚のシール(12.8センチ×18.2センチ)で入れ墨を隠せば入浴制限の対象外に。駅に近く、宿泊できるため外国人や若者の利用が多いことを考慮した。8月だけの予定だったが、批判的な声が少なく、延長した。
観光庁の推計によると、今年の訪日外国人旅行者数は、既に過去最多だった昨年の1341万人を上回った。しかも温泉への期待は高い。訪日外国人の消費動向調査(今年4〜6月期)で「日本滞在中にしたこと」と「次回したいこと」を尋ねたところ、「温泉入浴」はそれぞれ37.3%、42.4%と、3人に1人以上の割合で温泉を挙げた。
入れ墨をした外国人の入浴の是非が問われたのは、13年に北海道の温泉施設で、顔に入れ墨を入れたニュージーランドの先住民族マオリの女性が入浴を拒否された事案。この女性の同行者が「入れ墨は反社会的なものではない」と反論したが、支配人に断られた。
また、神奈川県鎌倉市が今年、海水浴場関連の条例を改正し、一定の大きさを超える入れ墨の露出を制限するなど、入れ墨に対する社会の目は依然として厳しい。
だが、入れ墨を理由に入浴を拒む法的根拠はない。公衆浴場の業界団体「全国浴場組合」の渡辺悟秀(のりひで)事務局長は「組合が会員に入れ墨禁止を呼び掛けたことはなく、『お断り』はあくまで個々の施設の判断。組合は、外国人ら多くの人に日本の入浴文化を楽しんでほしいという立場だ」と主張する。
入れ墨を巡るトラブルなどを把握しようと観光庁は6月、全国約3700の温泉ホテルや旅館などにアンケートを実施。入浴を断った事例などを集計中だ。
入浴制限の緩和で懸念されるのは、暴力団関係者らが増えることだが、現場はどう見ているのか。暴力団排除を掲げている鳥取県公衆浴場業生活衛生同業組合の松本正嗣理事長は「ワンポイントの入れ墨の場合、暴力団関係者なのか、ファッションで入れ墨を入れた人なのかはすぐに区別はつかない」と打ち明ける。さらに自身が経営する温泉施設でもシールの導入を検討中とした上で、対策としては「入れ墨の有無にかかわらず、声を荒らげるなど他のお客様に不快感を与える行為があれば入浴をお断りするしかない」と語る。
入れ墨文化やタトゥー事情に詳しい都留文科大の山本芳美教授(文化人類学)は「入れ墨をシールで隠せば入浴を認める対応をしても、次は、わずかでもシールからはみ出た客に施設側がどう対応すればいいのかという問題が生じる。外国人観光客の受け入れを進めるよりも風習の入れ墨はどのような意味があるのかといった本質的な問題を日本人がしっかり考えるべきではないか」と指摘する。