中国福建省東部の福清市。のどかな海沿いの街の一角で、建設資材を運ぶ大型トラックが砂ぼこりを舞い上げて行き交う。行き先は市街地から南南東約40キロにある半島の先端、巨大なクレーンに囲まれた福清原子力発電所の建設現場だ。中国が国を挙げて開発に取り組む新型原子炉「華竜1号」は、最初にこの福清原発内に建てられる。
原発入り口のゲートからわずか200メートルの道沿いには、建設現場で働く労働者相手の食堂が軒を連ね、近くの小学校前には鮮魚や野菜などの露店が並ぶ。すぐそばの海で取れたばかりの魚介類が生きたままカゴに入れて売られていて、地元の人たちが買い求めていた。露店で果物を売っていた男性(57)は「(原発の)影響は気になるが、気にしても仕方ない。恩恵なんて、地元にはまったくない」と吐き捨てるように話した。
近くの飲食店では、労働者が肉入りの麺をすすりながら生のニンニクをかじっていた。店を経営する女性(45)は「原発で働く人たちは中国全土から来ている。うちで食事してくれるのは昼食だけ。そんなに稼げないよ」と渋い顔を見せた。
原発の建設が急ピッチで進む中国。沿岸部を中心にすでに28基が稼働しているが、建設中の原発も27基あり、2030年には120基程度を稼働させるとの計画もささやかれる。ただ、原発の審査基準には不安が残る。安全性や事故時の対応などについて住民への説明はほとんどなく、「もし事故が起きても事故そのものが隠される可能性がある」(経済産業省幹部)との懸念がつきまとう。
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「あなたたちは国の宝をつくっている」。今年6月、華竜1号を設計した企業を訪れた李克強首相は、力強い声で従業員らを激励した。国産原子炉の華竜1号はアジアから欧州に至る経済圏「一帯一路」を象徴する存在。原子力産業への中国政府の力の入れようがうかがえる。一帯一路構想と原発産業の関係について、原発大手、中国核工業集団の銭智民社長は「沿線国では特に原子力エネルギーの需要が巨大だ。原発はただのエネルギーにとどまらず、総合的な国力を示す。一帯一路で原発は非常に重要な役割を果たす」と強調した。
10月下旬、華竜1号が一躍、世界の注目を浴びた。訪英した習近平国家主席がキャメロン英首相と会談し英国への華竜1号輸出で合意したためだ。英国への中国からの投資契約は総額400億ポンド(約7兆2000億円)に上り、うち数兆円が原発関連とみられる。電気料金収入などが将来の中国側の収入になるが、「英国への異例の優遇措置」(経産省幹部)と話題になった。習主席はキャメロン首相の前で、「両国の関係は黄金時代を迎えた」と親密ぶりをアピールし、日本では経産省幹部が「経済協力開発機構(OECD)の仲間だと思っていた英国が中国のカネに屈した」と悔しがった。華竜1号は今後、国内及び輸出用として次々と建設される。
習主席は11月上旬には、訪中したオランド仏大統領と原子力分野などの経済協力拡大で合意。仏原子力大手アレバと連携して使用済み核燃料の再処理工場の建設計画を策定した。最終処分場の候補地選定も間近に迫っており「中国が世界の原発市場を席巻する日も遠くない」(テピア総合研究所の窪田秀雄主席研究員)との指摘すらある。
米英、投資には食指
こうした中国の動きに日米両政府は危機感を強めている。
「中国の原発輸出に関する日米協議の場を作ろう」。11月中旬、林幹雄経産相はモニツ米エネルギー長官に呼びかけ、急きょ電話で協議。12月上旬には経産省幹部を米国にひそかに派遣した。この幹部は米エネルギー省に「中国はパキスタン、スーダンなど核不拡散で疑念のある国にも原発を輸出しようとしている」と不安を伝え、早ければ年明けにも定期的な協議の場を設ける方向で一致した。
一方、中国製原発を受け入れる英国でも「中国に原発建設を許可したのは愚の骨頂だ」(英ガーディアン紙)と異論が広がっている。「中国製原子炉を採用するのはあくまで原子力規制当局の審査をクリアした場合に限られる」(英王立防衛安全保障研究所のスクワーク研究員)といった冷ややかな見方も多く、審査次第で中国政府の意向通りにならない可能性も十分にある。
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原発輸出で存在感を高める中国だが、実際に原子炉をしっかり制御できるかは不透明だ。特に原発運転に関しては人材不足の指摘が少なくない。中国では原子力関連の学科を持つ大学が65大学あり、学生数は1万人を超える。建設中の27基がすべて稼働すれば「間違いなく経験のある人材の不足は深刻化する」(窪田主席研究員)とみられる。政権トップ主導で進む売り込み攻勢には、輸出の担い手、原発メーカー首脳ですら不安を募らせている。唐突に見える中国原発メーカーから日本メーカーへの11月の協力打診。その裏には中国側の苦しい現実も垣間見える。
一方、核拡散を懸念する立場から、中国に厳しい態度で臨んでいるように見える米国も強硬姿勢一辺倒ではない。東京で日中CEO等サミットが開かれた11月13日のわずか2日前、米マイクロソフト社のビル・ゲイツ元CEOが北京市にある中国工程院で核工業集団の銭社長と面会していた。
「次世代原子炉の開発では手を携えていきましょう」。ゲイツ氏と銭社長は笑顔で握手を交わした。次世代原子炉の開発に意欲を見せるゲイツ氏は9月下旬、米ワシントン州シアトル市で訪米中の習主席と面会、11月には北京の中南海で李首相とひざを交えていた。
華竜1号は第3世代と呼ばれる最新型原子炉だが、世界では今後、核燃料の燃焼効率をさらに高めた次世代原子炉、第4世代の開発競争が本格化する。日本メーカーに原発輸出で協力を求めた銭社長は、米国とは次世代技術の開発で手を結んでいる。中国の原発輸出に懸念を示す米国だが、ゲイツ氏と中国メーカーとの関係は黙認している。
中国の原発を懐疑的に見ながら、巨額投資を引き込むために原発購入を決めた英国。中国の動きを警戒しながらも次世代原発開発では手を組もうとする米国。是々非々で動く大国同士の外交のはざまで日本が翻弄(ほんろう)されている。【中国取材班】=つづく
■ことば
華竜1号
中国が自主設計した最新鋭の商業原発。フランス製原発がベース。昨年12月に国際原子力機関(IAEA)の原子炉安全審査で承認された。使用部品の約9割が国産品。原子炉格納容器が強固な二重構造になっているなど、安全性の高さも売り。